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シルクのはじまりを知る。「シルクロード」悠久の歴史に思いを馳せて
2018.01.16

絹の道「シルクロード」

2014年に、周辺の遺跡群とともに世界文化遺産に登録されたシルクロード。歴史好きならずとも、夢とロマンをかき立てられる古代の神秘ですよね。古代の交易の中心となったその道は、品物だけでなく東西の文化交流にも大きな役割を果たし、この世界の歴史を作り上げてきました。

エキゾチックな響きでロマンを感じるシルクロードですが、そもそもシルクロードってなあに?と言われると、上手に説明ができない・・・と考え込んでしまいそう。

それもそのはず。ひとくちにシルクロードといっても様々な解釈や歴史があり、一言で語るのは難しいものなのです。

今回は、シルクが広まった起源でもあり、世界の文化を作り上げたといっても過言ではないシルクロードの歴史について学んでいきましょう!

 

シルクロードとは?

一般的に、中央アジアを横断する古代の歴史的な東西交易路のことを総称して「シルクロード」と呼ばれています。中国の長安・西アジア~地中海沿岸地方・ローマ付近を結んでいたと考えられています。おもに中央アジア大陸の広大な砂漠に点在するオアシスを経由したりなどして、東西間の交易路が発展していったようです。

なかでも、中国で作られた絹製品が多く取引されており、インドや西アジアの国々、さらには当時栄華をほこっていたローマ帝国へももたらされたため、「絹の道」=「シルクロード」の名前が定着されたとされています。

シルクロードから発展していった東西の交易は、物流技術の発達とともに海上航路の確立にもつながったと考えられているほど、盛んでとても重要な役割を果たしていたのです。

 

シルクのはじまりは中国

シルクが生まれたのは約5000年前

シルクが生まれたのは、諸説ありますが約5000年前の中国だと考えられています。野生の蚕を飼育し始めて繭を集め、そこから今でいう絹糸を紡ぎだしてシルク製品を作りはじめたのが始まりだそう。そこから歴史とともに改良を重ねて、現在の養蚕のスタイルとなったのです。

当時の中国ではシルク製品はとても貴重品で、国外へ持ち出すことは厳しく禁じられ、掟を破った物には重い処罰が科せられていたほど。国内でも、王族や貴族たちなどごく一部の高い身分の人々しか手にすることは許されていませんでした。

 

シルクロードを通って世界へ広まるシルク

約2500年前から次第に他国へも伝わるようになります。シルクのその美しさに心をうばわれた各国の商人たちは危険を顧みず海を越え山を越え、砂漠を越えて遠い国から中国へシルクを求めてやってきたそうです。

それからシルクロードを通って西洋の国々へ広まっていき、3世紀ごろから他国でも中国の生糸を使ったシルク製品が作られるようになりました。中国で開発された染色技術なども取り入れられ、しだいにシルク産業は世界各国で発展していくこととなるのです。日本でのシルク文化の発展のきっかけとしては、2014年に世界文化遺産に登録された富岡製糸場が知られていますよね。

 

シルクロードが伝えたもの

シルクだけでなく、さまざまな品物や文化が東西で交易され、各地へ広まっていきました。

・くるみ・ぶどう・ザクロ・ごま・ベニバナなどの植物

・毛皮・フェルト・じゅうたんなどの毛織物

・貴金属・金貨・宝石類・ガラス製品などの工芸品

・養蚕・鋳鉄・製紙技術

・琵琶などの楽器類・それとともに中国音楽や舞踊・曲芸などの芸術文化

・宗教(仏教・イスラム教・キリスト教・ゾロアスター教など)

 

この他にも香料・野菜や果物・薬・絵画の画法など、衣食住に関わるものを中心としてたくさんのものが盛んに交易されていました。

今の私たちの生活に欠かせないもの、馴染みのものも多くありますよね。それらはシルクロードを通ってアジアに運び込まれたものが、当時の中国やインドを通じて日本に伝わってきたと考えられているのです。もちろん、シルクもそのひとつ。

シルクロードは単なる交易・商業ルートとしてだけではなく、東西の文化、技術の伝達のきっかけとして世界の発展にたいへん大きな意義を持っていたのです。

 

シルクロードは1本だけではなかった?

シルクロードが正確にどこからどこまでであったかは研究者や国の間で諸説あり、正解は存在していないとされていますが、もともとは中国の長安(現在の西安)から新疆ウイグル自治区エリアを通過し、ローマ周辺までのルートをシルクロードと定義づけていました。

しかし、アジアの大陸には険しい山脈や大きな砂漠がいくつもあり、安全でスムーズな交易のためにはそれらを避けて通らなければなりません。研究が進むうちに大きく分けて3つのルートがあったと考えられるようになりました。

 

1.天山南路

新疆ウイグル自治区の真ん中、ちょうど北と南がわかれるあたりに通っているルートで、西遊記に登場する三蔵法師がインドへ旅する際に通ったルートとしても有名です。同じく、仏教もこのルートをたどって伝わっていったと考えられています。

 

2.天山北路

一番北側、天山山脈の北側を通るルート。標高1000メートル程の場所で草原の路とも呼ばれ、春には美しい緑の草原が広がっています。「石人」と呼ばれる、古い遊牧騎馬民族が活躍した証が多く残っているエリアとしても知られています。

 

3.西域南路

元に渡ったマルコ・ポーロも利用したとされ、タクラマカン砂漠の南側に沿うようにオアシスを結んだルートで、古代のウイグル族の文化が現在も色濃く残されています。

山脈を越えた場所にあるインドやパキスタン、チベットとの関係性も強いエリアで、チベットと新疆を結んでいる新蔵公路にも接続しているとされています。

 

はるかなる大地を東西に横切る3つのシルクロードには、それぞれの深い歴史があるのです。

 

シルクロードのいま

シルクロードは現在でもさまざまな民族が生活し、いにしえより育まれた文化の中で歴史を刻み続けています。

シルクロードの歴史を追うということは、かの大航海時代よりも以前の東西の交易の歴史を追うことと言っても過言ではありません。周辺には「世界で最も美しい廃墟」と名高いパルミラの遺跡やオアシス都市として栄えてきたウズベキスタンのブハラ歴史地区、要塞や仏教の石窟寺院などの遺跡が数多く残され、シルクロードの息づかいを感じることができます。

また、遺跡だけでなくタクラマカン砂漠やカラクリ湖、アルティン山脈などの大自然も多くあります。かつて商人たちがシルクを求めて歩いたシルクロードを、当時を思いながら旅をしていくのもロマンがありそうですね!

 

悠久のロマンは続く

シルクとともに多くの文化や芸術を運び、東西の発展に大きく貢献したシルクロードの歴史、いかがでしたか?私たちが普段愛用しているシルクには、このような長い長い歴史があったのですね。

深い山脈、砂漠のオアシス、美しく広い草原・・・ラクダやロバに乗り、東からはシルクを、西からは毛織物や宝石を求め、当時の商人たちはシルクロードを旅していました。品物とともに宗教が広まり、文化が栄え、音楽や芸術が人々の生活を豊かにしていったのです。

 

現代社会に欠かせないもの、いつもそばにあるものも、かつてはシルクロードを通って伝わってきたものだと思うととてもロマンチックですよね。いま身近にあるシルクもより愛おしく感じられそう。

今もなお、私たちの生活と心を満たしてくれるシルク。シルクロードの歴史とともにこれからも絹のアイテムを身にまとって、大切に使っていきたいですね!



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